BACK 朝のケネディーパーク 

枕元の腕時計が6時半を過ぎていた。窓の外を覗いてみると雨は降っていないが曇っている。身支度を整え散歩する事にした。 7時前にカメラとオ−ナ−がくれたB&Bの「名刺」をポシェットに入れ階段を下りた。1階は静かでまだ誰も起きていない。ドア−を開け外に出ると、かなりの雨が降ったようで芝生がしっとり湿っている。白い鉄製の扉を開けて道路に出た。国道は静かなもので、たまに小型乗用車が通るだけだ。歩く方角は、街から遠くなる東に決めた。小高い丘陵地帯が穏やかな緑の波を描いている。見渡しても切り立つ山波がない。東の空に太陽が雲間から顔をだしている。早朝のため涼しい新鮮な空気がいい。国道に沿って歩くと、前に4〜5軒の住宅が見える。国道は田園地帯をカーブを描きながら延びている。住宅近くの交差点は珍しく信号機が付いている。広く新しい道路と交差していてバス停もある。奥に新しい住宅街が見えている。この辺りはゴールウエイのベッドタウンのようだ。北側に延びる道路は、並木道の奥に新しい50軒ほどの住宅が規則正しく並んでいる。どの家も壁や屋根に「新建材」が使われている。レンガ造りの家は少なくなっていくのだろうか。

 新しい建物には興味がない、交差点から南側道路に入った。緩やかな丘陵地を下って行くと、道路の両側は並木道だ。バス停に向かう通勤者や学生の姿がある。小型の乗用車が数台通って行った。緑の草原がどこまでも続いている。「この国は、どこもこんな緑の丘陵地」なんだろうか。カメラをぶらさげ、「きょろ、きょろ」しながら歩いた。100坪位の一階建て「洋館」が、20軒程並んでいる。此処も新興住宅のようで煉瓦や石壁の住宅はない。庭に「青空ガレ−ジ」が付いている。塀が低いので一直線上の住宅の庭が全てが見通せる。前庭に緑の芝生と白や赤の花が咲いている。写真を撮ろうとしていたら、家から50才過ぎの「主人」が出てきた。驚いた僕を見て、相手もビックリして目をキョロとさせた。彼は私とほぼ同じ背丈で細身の紳士的な人だ。これから仕事なのか、きっちりとブレザーを着ている。「一枚写真を撮ってほしいのですが」と言うと、「いいですよ」と言った。その時、中学生ぐらいの男子が二人、僕らの方に歩いてきた。「おはようございます」と、彼に丁重な挨拶をして行った。彼もにこやかに挨拶を返した。学生達の挨拶はとても礼儀正くみえた。彼らが日本と同様の「学生服」を着ていたのにも驚いた。僕は彼に礼を言って立ち去ろうとした。

 彼はガレ−ジから車をだしながら、「日本からですか」と運転席から尋ねた。「そうです。ダブリンから来たところなんです」と言うと、「この街に何か目的でも?」と聞きながら車を歩道の横に止め車から降りてきた。僕が、「ダブリンのB&Bのオ−ナ−が、この町を薦めてくれたんです」と言うと、彼はフロントガラスを拭きながら、「彼女が、この町を推薦した理由は何んですか」と聞いてきた。「僕は彼女に、学生のときに読んだ、レイデ−・グレゴリ−と戯曲『The Rising Of The Moon』の事を話すと、彼女は、是非ゴ−ルウエイに行きなさいと、勧めてくれたんです」と答えた。すると、ガラスを拭いていた彼の手が止まった。彼は僕の顔を見ながら、「グレゴリ−に興味をお持ちですか・・・。今日、行く所は決めているんですか」と尋ねてきた。すっかり長い立ち話になってしまった。彼の「出勤」の事が気になってきた。しかし、彼は「そんな事」には気にかけずにいるようだ。エンジンはかかったままである。「決めていません。この街はとても綺麗だからゆっくりします」と言うと、「ク−リ−パ−クはご存じですか」と僕の顔を見た。「ガイドブックに載っていましたが・・・・」と言うと、「よければ、今日の午後ク−リ−パ−クに案内してあげます」と親切に言ってくれた。

 「とても有り難いんですが、本当によろしんですか」と言うと、彼は車のダッシュボ−ドからメモを取り出した。「今日の1時30分にここに来て下さい。場所が分からない時は電話を下さい」と言って地図と電話番号をくれた。彼は車に乗りながら、「U大学は直ぐ分かります。学内の講堂前でお会いします」と言って、車を発車した。先ほどの学生達が、彼に交わした「丁寧過ぎる挨拶」の「意味」は、彼がU大学の「講師か教授」との認識上での挨拶だったようだ。車が見えなくなり目前が現実に戻った。頭上の真っ黒な雲は、飛ぶ速さを急激に加速した。水滴から大粒の雨に変わり、「ばしばし」と落ちてきた。丘の上を、黒い雲が南西から北東にもの凄い速さで飛び始めた。天に手を伸ばせばその雲に届くほど低い。黒マントの様な雲が超低空で急流の水のように流れて行く。これ程低く速い雲は見たことがない。これは、「キュ−バ近くのカリブ海から、暖かい空気がアラン諸島で雲を造るのだろう」と、勝手な想像をした。これほど天候の変化が激しいようではアラン島に渡るのはむりだと決めた。 傘を持たずに出てきたのでB&B迄走ることにした。国道に出ると強い風が吹いている。

 西に向かう通勤の車が、交通量の少ない国道をスイスイと走っていく。バス停で5〜6人が待っている。 2〜3分走るとB&Bが見えてきた。黒くて速い雲の割には小雨ですんだ。前方の林の上で数羽のカラスが旋回している。強風の中を、「パタパタ、パタパタ」と風に逆らって上下によろめきながら飛んでいる。彼らはまるで黒衣装を身にまとった悪魔のようだ。本来、ドシャ降りと雷に遭っているだろう。しかし、それほど降水量はない。濡れた頭を気にしながら鍵を開け中に入った。台所で婦人が朝食の用意をしている。彼女は僕に気が付いて、「散歩はどうでしたか」とニッコリトと挨拶をしてくれた。「とても、よかったです」と笑顔を見せると、「朝食お食べになりますか」と聞いた。「はい。すぐに降りてきます」と言って二階に上がった。「今日は、アラン島に行く事もなくなった。バタバタすることはない」と、濡れている頭を拭きながら思った。顔を洗いジ−パンとポロシャツに着替え階段をおりた。彼女は景色が見える出窓際の丸テ−ブルに案内した。白いテ−ブルクロスの上の一輪さしの花と花瓶可愛い。「パンはト−ストになさいますか」、「2枚とレモンと紅茶をお願いします」と言うと、「わかりました」と言って台所に戻って行った。

 テ−ブルの上に、おなじみのアイリッシュ・ブレックファ−ストの「食器セット」が並んでいる。花模様のある大きなお皿に、目玉焼き、ソ−セ−ジ、トーストそして野菜とトマトがお皿に綺麗に並らんでいる。散歩をして来たが、量が多く食べきるのには時間が必要だ。明日の朝食ではソ−セ−ジを減そうと思った。食事を済ませ部屋に戻るとすっかり天気は回復していた。満腹でしばらくベッドに座った。もう一晩ここに泊まれるから気分は楽だ。彼と会うために出発する事にした。カメラなどをカバンに詰め込んだ。夫人に「街へ行ってきます。10時頃までに戻ります」と言うと、「夜は遅くてもOKですよ」と微笑ながら、玄関迄送ってくれようとした。丁度その時、二階から宿泊客の降りてくる足音がした。階段をポッチャリとした金髪でワンピ−スの中年女性が、一人降りてきた。彼女は「おはようございます」と、夫人と僕に挨拶をした。夫人が彼女の対応を始めたので、「行ってきます」と言って外に出た。天気はすっかり回復している。通る車は僅かで実に閑静な町だ。1時間ほど歩けば街に着く、歩く事はベーコンなどの脂肪分の消化と、気分転換のためである。国道は黒煙を吐く車は一台もなく、排気ガスを吸い込むことはない。2〜3分も歩かないうちにタクシ−を拾う事が出来た。彼との「約束」も有り、今日は車に乗ることにした。9時過ぎケネデ−パ−クに着いた。今日もゴールウエイ鉄道駅横で二台のバスが発車を待っている。観光バスでなくダブリンや他の町への定期便のようである。ツア−の観光バスは見当たらない。慣れた横断歩道を渡り、ウィリアムズ通りに向かった。朝は、ウィンド−ショッピングをしながら聖ニコラス教会へ行く。そして、昼食を食べU大学へ行くことに決めた。
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